2019年6月:米国:GAOがIRSに対しMAPプロセスの改善策を提言

 米国会計検査院(Government Accountability Office、以下“GAO”)は、2019年4月12日、「税務行政:IRS《米国内国歳入庁》の国際課税紛争解決の管理方法に改善の余地有り」と題したレポートを発表しました。

 例えばある多国籍企業A社グループの日本本社から米国子会社への製品販売取引に関してIRSが「日本本社からの輸入価格100が高すぎる」として同価格を80に引下げる更正課税を行った場合、この多国籍企業は二重課税の解消を求めて日米間の相互協議(Mutual Agreement Procedure、以下“MAP”)を申請することができます。米国内の係争手段、つまり裁判では、IRSの課税処分が裁判所において全面取消しにならなければ二重課税は解消されませんが、MAPでは両国の話し合い如何でフレキシブルな解決が可能です。例えば米国と日本の両当局が価格90で合意すれば、両国が50%ずつ譲歩(=税還付)し、A社グループの二重課税は解消されます。但しMAPでは両国が二重課税問題を「解決するよう努める」義務を負いますが解決する義務までは負っていないため、協議しても解決しないリスクがあります。

 MAPの期間は申請から合意まで平均2年がメドと言われていますが、米国の場合財政赤字を背景としてIRSのMAP担当部局であるAPMA(Advance Pricing and Mutual Agreement Program)の人員削減により処理期間が長期化していると言われています。そのような中、GAOがIRSのMAPプロセスをレビューの結果、プロセス自体に改善の余地があると指摘しています。以下GAOレポートの概要を紹介します。

1.MAPプロセス問題点の指摘

(1)納税者への情報開示努力が不足

 IRSはMAPのプロセスに関する規則をウェブサイトで開示しているが、規則は難解な表現が多く一般の納税者には分りにくい。また、MAPプロセスの概要や、FAQ(Frequently asked questions、想定問答集)やスキーム図などの表示がない。例えばカナダやシンガポールでなどの他国では、MAPレポートやウェブサイトにおいてMAPのプロセスが分かり易く示されている。IRSも納税者に対しMAPの概要及びプロセスについてクリアに示すことがのぞまれる。

(2)案件管理の為のデータ収集が不足

 APMAにおいては、案件の進捗状況管理に有効な、各スタッフが個別の各案件に費やした時間数や日数が記録されていない(システムが対応していない)。また、各案件について事前相談(pre-filing meeting、申請前に納税者が当局と相談する場)が行われたか否かを含む納税者との接触の記録、各案件における合意の実施方法、合意金額等についても記録されていない。

(3)案件データの品質管理が不十分

 例えば、全案件の約30%でMAPの申請書と合意書に記載される更正金額が異なっていた。

(4)案件データの活用が不十分

 要改善点を把握するためのデータ分析(当初課税を行った国、処理期間、エコノミストが当該案件に関与したか否か等)を経常的に行っていない。

2.問題解決のためのIRSへの(主な)提言

・納税者がアクセスしやすく、且つ簡明なMAPプロセスの概要を提供すべきである。

・APMAは各スタッフが個々の案件に要した時間数や納税者との接触等をより細かく記録・追跡すべきである。

・APMAは案件の性質に関する分析をルーティン化すべきである。

所見

 IRSは本レポートに対し「プログラムのデータ管理及び納税者とのコミュニケーションの明確化が最優先であるとの点でGAOに同意する」と返信しており、GAOの指摘が正鵠を得ていることを示唆しています。従来、税務行政は“untouchable”と思われていますが、こうした形で政府機関の客観的な監査を受けることは、民主主義の体現であり、とても良い事だと思います。日本の会計検査院も、是非同様の監査を税務当局に対して行い、結果を開示して頂きたいものです。

 (執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

 (JAS月報2019年6月号掲載記事より転載)