2019年12月:タイの新・移転価格税制の正しい理解と対応

 2018年1月号で紹介した通り、OECD主導による世界的租税回避防止策であるBEPS(Base Erosion and Profit Shifting)プロジェクトを受けて、2016年度以降多くのアジア主要国でも移転価格文書の作成や提出が新たに義務付けられるようになりました。しかし、主要国の一つであり日系企業の進出も多いタイでは法制化の動きが遅く、2018年11月にようやく移転価格の税法が発効し、今年度である2019年度が適用初年度となりました。つまり今年度に関して来年2020年に行う税務申告及びそれ以降に来る可能性のある税務調査への対応がまずは必要となります。

 このタイの移転価格に関して最近、「売上高が2億バーツ(7億円強相当)以上の企業は2019年度から移転価格文書をタイ語で作成しなければならないと聞いたが、どうしたらよいか」といった類の問い合わせがいくつかありました。おそらく、現地バンコクで移転価格セミナー等により情報を入手されたようですが、少し誤解があると感じました。これを機に、タイの移転価格税制の正確な解釈と実務的な対応法について以下簡単ながら説明します。

同時文書化義務は(今の所)ない

 現状はガイドライン等詳細な規則は出ていないものの、新税法の概要は以下の通りです。すなわち2019年度以降、売上高が2億バーツ以上の企業は、その事業年度終了後150日(約5か月)以内に、関連者間取引に関する関連会社との関係や取引額についての情報を法人税申告と同時に提出しなければなりません。このような関連者間取引に関する情報の提出は日本(法人税申告書別表17(4))他殆どの国で行われており、特に重い負担ではありません。

 当該情報の提出後5年以内に、税務当局は税務調査において、関連者間取引が独立企業間価格にて行われていることを証明する分析を含むレポート(移転価格文書)の提出を企業に要請することができます。提出期限は原則税務当局の要請より60日後ですが、初回は180日(約6ヵ月)後まで延長することができ、それ以降も120日(約4ヵ月)後まで延長することができます。これら期限内に移転価格文書を当局に提出出来なかった、又はその後の税務調査で内容に誤りが発見された場合、最大20万バーツ(70万円強相当)の罰金が課されます。

 日本や中国を含む多くの主要国では、一定以上の売上・取引規模の企業に同時文書化義務を課しています。同時文書化とは、法人税申告時までに移転価格文書を準備しておかねばならないという義務です。つまり、2019年度を対象とする文書は2020年の法人税申告期限までに準備しておかねばなりません。提出の必要はないものの、後日税務調査が入った時に、申告期限までに作成されていなかったことが判明した場合は罰金があったり調査が厳しくなり更正課税される可能性が高まったりします。しかしタイの場合、少なくとも現状のルールではそのような同時文書化義務はありません。よって、2019年12月期に関して2020年5月末までに移転価格文書を作成しなければならない義務までは未だありません。極論すれば、初回の提出期限は180日後ですので、通常は税務調査が入ってから文書作成にかかる形でも何とか間に合う事は間に合います。勿論、取引規模が大きい企業、取引種類が多い企業等は移転価格文書の作成に時間がかかりますし、そうでなくても税務調査が入る前から準備してくことが望ましいことは言うまでもありません。しかし、売上高2億バーツ以上の企業に直接義務付けられているのは、移転価格文書ではなく関連者間取引情報の提出であるという事実を正確に理解し、会社の規模にあった実務的な文書作成の準備をすすめることが重要です。

タイ語での文書作成について

 現状では、移転価格文書のタイ語での作成を義務付ける規定はなく、税務調査時に調査官から要請があればタイ語版を提出すればよいこともあって、殆どの日系企業ではタイ子会社の移転価格文書を英語で作成しています。これに関して大手会計事務所は、「非公式に税務当局から『今後はタイ語での文書作成が義務化される』と聞いた」として初めからタイ語版作成をすすめているとも耳にします。しかしそのような規則の草案も出ていない現状では(ただでさえタイは法規の最終化に時間がかかります)、コストがかかり且つ本社の日本人社員が内容を理解できないタイ語版を最初に作るのではなく、まずは従来通り英語版作成から始めることが望ましいと考えます。

タイで優遇税制を享受している企業

 先進的な技術を有する多くの日系企業タイ子会社は、当初〇年間免税、その後△年間減税などの法人税優遇措置を受けていますが、それら企業の税優遇期間中にタイで税務調査が入る可能性は低い(特に免税期間中)と言われています。勿論可能性の問題であり、移転価格税制の適用外となる訳ではありませんが、税優遇のない(又は終了した)企業に比べれば、対応は若干緩くてもよいとは思います。しかし優遇期間終了後にはおそらく税務調査が入るであろうことを見据えて、優遇終了後に利益率が急に低くなったりすると税務リスクが高まりますので、そうならないよう一貫性のとれた移転価格対策を今から準備しておく事は必要です。

 (執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

 (JAS月報2019年12月号掲載記事より転載)