2019年2月:現行の移転価格税制の廃止と代替課税案

    非政府組織(NGO)のIndependent Commission for the Reform of International Corporate Taxation (国際法人課税改革に係る独立委員会、以下“ICRICT”)が今年1月17日、「The Fight against Tax Avoidance(租税回避との戦い)」というレポートを発表しました。ICRICTは、貧困・格差是正に取り組む複数のNGOの協力により設立され、14人の委員の中には、グローバリズムやそれに伴う経済格差等の研究でノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・スティグリッツ教授(米国)とトマ・ピケティ教授(フランス)が含まれています。

    本レポートは、多国籍企業の租税回避を生み出した主因が現在の移転価格税制のシステムにあり、且つOECDによる対BEPS(Base Erosion and Profit Shifting、税源侵食と利益移転)プロジェクトの成果も不十分と指摘の上、代替課税案を提唱しています。

レポートの概要

(1)移転価格税制の失敗

 移転価格税制の欠陥は、実際の経済活動よりも、特許や知的財産権など価値ある無形資産に応じて利益が配分されることである。多国籍企業はそれを利用して、低税率国の拠点に無形資産の所有権を移転し、そこでの巨額の利益計上を正当化している。

 また、移転価格税制は多国籍企業グループ各社間の個々の取引毎に価格を算定するが、現実には例えば、3分の1だけ完成した(つまり半完成品の)自動車やシャツの売買に関する比較可能な市場価格はないであろう。また多国籍企業の事業は世界的に統合されシナジー効果が高い事から、グループが生み出す全価値は個々の取引の価値の合計を上回っており、個々の取引毎に算定するのは誤っている。

 多くの利益が低税率国に流れるにつれて、投資誘致のため各国間で法人税率の引下げ競争がおき、2008年からの10年間で世界の法人税率は平均5%下がった一方、個人所得税率は約6%上がった。また大規模法人は低税率国への利益移転により実効法人税率を名目以上に引き下げている為、そのような節税ができない中小企業との税負担格差が増している。つまり個人と中小企業が犠牲となっている。

(2)OECD 対BEPSプロジェクトの評価

 ミスマッチ取引や租税条約の濫用など明らかな租税回避手段については概ね対処されてきた。また移転価格税制に関して、多国籍企業にCountry-by-Country Report(“CbCR”)を提出させ、各国税務当局間で自動情報交換できるようにしたのは大きな進歩である。但し現在のCbCR提出基準(総売上750百万ユーロ相当以上)を引下げて大部分の多国籍企業に適用し、且つCbCRを公開すべきである。

 一方で、移転価格税制の“独立企業間原則”に未だに従っていること、IT企業への課税について合意できなかったことなどは失敗である。それにより米国、インド、英国などが国際協調を伴わない独自の税制改正実施にふみきった。

(3)代替案

 現在の移転価格税制に替わる最も効果的な方法は、国境を越えて事業を行う単体企業として、多国籍企業の連結利益をベースに課税する方法である。連結利益の各国への配分は、単純で定式化されたファクター、つまり売上、従業員数、資産など客観的・公平で且つシンプルな指標、又はそれらの組合せ比率を基に行う。それにより、製品の製造、商品の販売や消費、サービスの提供が実際に行われている国に公平に税収が配分される。

 加えて、法人税率引下げ競争を止め、企業が利益移転を行う動機を除くため、多国籍企業の利益全体に対し最低実効法人税率(20%~25%)の導入を行うことが極めて望ましい。そしてこの最低税率を個人税率との差を埋めるため徐々に引上げるべきである。

 この代替案は世界的な合意なしには行えないという批判はあるが、各国独自でも、例えば現在ブラジルで既に行われている固定マージン制の適用や、既存の移転価格税制の枠組みの中でも利益分割法を優先適用するような取り組みは有用である。

所見

本レポートで提案されている利益の定式配分課税法は、実は過去より学者を中心に提唱されており、目新しいものではありません。しかし、世界的IT企業の大規模な節税が露見するにつれ、この方法が改めて見直されており、更にスティグリッツ、ピケティ両氏らの関与も評価を高めています。但しこの方法を導入するには以下の大きな問題があると考えます。(1)配分方法について世界的な合意がないと導入が難しいところ、国によって売上、従業員数など意見が対立すると思われます。また定式的で単純な利益の配分は、多国籍企業が培ってきたノウハウ等の無形資産を軽視する事となり、特に今までロイヤルティで子会社から吸い上げてきた利益が大幅に流出する可能性がある日本、ドイツなどの工業先進国は反対すると思われます。

(2)各国子会社の業績如何にかかわらず売上等の単純な要素により利益が(税務上)配分されると、各子会社の業績向上意欲が失われる恐れがあります。

 但し本レポートの提案は年々発言力を増している中国、インド等の新興国が支持する可能性があり、その意味で今後の動向が注目されます。

  (執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

  (JAS月報2019年2月号掲載記事より転載)