2019年7月:米国:ストックオプション費用分担問題でAlteraが逆転敗訴

1.背景及び租税裁判所の判決

 IT、製薬等多くの高収益な米国企業が米国外の子会社と締結している費用分担契約(Cost Sharing Agreement、以下“CSA”)において、ストックオプション報酬(Stock Based Compensation、以下“SBC”)にかかる費用(=従業員の権利行使時に発生する市場株価と権利行使価格の差)をそれら国外子会社に分担させる必要があるか否かは重要な問題です。SBC費用を税率の高い米国本社のみで損金算入できず、アイルランド、バミューダ等の低・無税率国の拠点にも分担させなければならないとなると、連結ベースの税務コストが上昇し企業価値の減少を招きます。

 この問題は20年以上前より企業とIRSの間で何度も争われ、IRSは2003年にSBC費用を国外関連者に分担させる事を明確化したCSA規則改正を行いました。

 しかし、半導体開発企業Altera Corp.(現在ではIntel Corp.の子会社)は、ケイマン諸島の子会社との間でCSAを行っていたにもかかわらず、同子会社にSBC費用を分担させていませんでした。当然ながらIRSは税務調査でこれを指摘し、2004~2007年度にUS$約80百万の所得更正をAlteraに対し行いました。Alteraは、2003年の改正CSA規則自体が、第三者間での取引実態を無視したものであり独立企業間原則に反する為無効であるとの訴訟を2012年に提起しました。

 2015年7月27日付で、米国租税裁判所はAlteraの主張を全面的に認め、2003年改正CSA規則を無効とする判断を、本件に関与した判事15人の全員一致で言い渡しました。主な理由として、IRSは「第三者間ではこのように行われるであろう」という理論のみに基づいた規則改正を行っており、そのような改正は、第三者間における実態を十分に反映して法制定しなければならないとする米国行政手続法に反するとしています。その他、SBC費用はCSAの費用分担対象とすべき高付加価値な無形資産を形成する費用として関連付ける事は難しいとも指摘しました。

2.最初の控訴審判決と撤回

 IRSの控訴を受けた連邦控訴裁判所は2018年7月24日、3人の裁判官の多数決(1人は反対)により租税裁判所の判断を覆し、2003年改正CSA規則は有効であるとの判決を下しました。つまりSBC費用を国外関連者に分担させるべきとする2003年の規則改正は合理的な改正であり、IRSは米国行政手続法に反しているといえないとしたのです。ところが、その後判決を出した3人の裁判官の内1人が判決の大分前の同年3月に既に亡くなっていた事が明らかになり、それにもかかわらず多数決(死亡した裁判官を含め2対1)の判決を出した事に原告のAltera側を含め批判が起こりました。それを受けて同年8月には後任の裁判官が着任すると共に、控訴裁判所は、本件は再協議を要するとの理由により、7月24日付判決を撤回しました。

3.撤回後の控訴審再判決

 連邦控訴裁判所の再審理は10月16日から始まりましたが、その頃から、後任の裁判官であるSusan Graber氏の意見は死亡した裁判官と同じIRS寄りであることが次第に明らかになり、企業関係者を失望させていました。今年(2019年)6月7日付再判決では、やはり2対1で租税裁判所判決を覆しAlteraの敗訴となり、結局撤回された昨年7月24日付判決と変わらぬ結果となりました。つまり、2003年の改正CSA規則は米国行政手続法に反していない、よってSBC費用はCSAにおいてケイマン子会社との間で分担すべきとしました。

 敗訴が相次いでいたIRSにとって久々の移転価格裁判勝訴の報道ですが、これによりCSAを行っている多くの米国企業に大きな税務コスト増加をもたらす可能性があります。既にAppleは昨年8月に、撤回前の連邦控訴審判決を受けてSBC費用を国外子会社と分担する事を既に発表していますが、他のIT・ハイテク等の企業もそれに続く事が予想されます。

 しかし、今回の再判決において租税裁判所の判決を支持した1名の裁判官が本判決に非常に強い異議を唱えたこと、またストックオプション報酬を多用する米国IT企業においてSBC費用が分担できるか否かは税務コストを大きく左右する問題でもあり、Alteraはおそらく控訴裁判所に再審理を要求すると予想されています。この問題に関するIRSと企業の争いの決着は、おそらく最高裁までもつれこむのではないでしょうか。

 (執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

 (JAS月報2019年7月号掲載記事より転載)