2018年11月:北米移転価格訴訟事案の動向(Medtronic及びCameco)

        先月に続き、最近動きのあった北米の主要な移転価格訴訟事案について紹介します。

      1.Medtronic plc(対米国税務当局IRS)

       医療機器大手のMedtronic社(2014年に登記上の本社をアイルランドに移したが、事業上の本社は引続き米国ミネ ソタ州)は、医療機器やリード線の製造を行う子会社のプエルトリコ法人から2005~2006年度に米国本社が受取ったロイヤルティが低すぎるとしてIRSから14億ドル(1,500億円超)という巨額の移転価格所得更正を受けました。具体的には、それ以前に同社はIRSより指摘を受け、プエルトリコ法人からの受取ロイヤルティ料率を医療機器売上の 29%→44%、リード線売上の15%→26%に各々引き上げたにもかかわらず、その後IRSは異なる移転価格算定方法  (CPM)を適用し、プエルトリコ法人はシンプルな受託加工会社にすぎず、同法人が得る利益のうち比較対象企業の水準を超える部分については全て超過利益として米国本社に納めなくてはならないという方法に切り替えて課税しました。

       Medtronic社の提訴を受けた米国租税裁判所は2016年6月、IRSのCPMによる算定は独断に基づいた不合理なものとして却下しました。その理由として租税裁判所は、プエルトリコ法人がCPMで算定可能な受託加工会社ではなく、相応の規模及び設計、試験などの研究開発機能も有する総合的なメーカーであり、重要な無形資産を保有していることから相応の残余利益を得る権利があると認定しました。よって租税裁判所は、移転価格算定方法はMedtronic社の主張するCUT法(類似の第三者間ライセンス取引とロイヤルティ料率を比較する方法)の適用を認めつつ、但し料率自体については同社が主張する機器29%、リード線15%ではなく、独自の分析を行った結果機器44%、リード線22%と、IRSと以前合意したものに近い水準が正しいとしました。よってMedtronic社の主張が全面的には認められなかったものの、実質的には同社の勝訴といえる内容でした。

        IRSの控訴を受けた控訴裁判所では今年(2018年)8月16日、租税裁判所の上記判決の根拠となる分析の詳細が十分に呈示されていないとし、同判決の無効及び租税裁判所への審理差し戻しを言い渡しました。控訴裁判所の判断はIRSの課税処分が正しいと認めたのではなく、単なる差戻しですので、IRSが逆転勝訴したとまでは言えず、今後の展開は未だ不透明といえます。しかし、本件対象の2005~2006年度以降についても同じ問題を抱えているMedtronic社にとっては、再度租税裁判所に戻っての審理となり、今後の係争に更なる期間を要する見込みとなったことは大きな打撃と思われます。また租税裁判所の2016年6月判決については相応に合理的と認める意見が多い中、今般控訴裁判所の差戻し判断については、その理由が詳細に示されていない等、多くの専門筋は問題視しています。

        2.Cameco Corp.(対カナダ税務当局CRA)

        世界最大級のウラン採掘・精製会社であるカナダのCameco社は、スイスに販売子会社を設立し、同子会社がカナダ本社や別の非関連会社からウランを購入し、再販売していました。スイス子会社がカナダ本社から購入するウランの価格は、非関連者からの同購入価格に準じて設定していたようです。ところがCRAは、スイス子会社は従業員数僅か2名と実態がなく、同子会社が行っていた売買取引を偽装と認定、スイス子会社が稼得した所得はカナダ本社が計上すべきとして、2003、2005、2006年度の3年度合計CAN$ 483百万(約420億円)の所得更正処分を行いました。

        同処分を不服としてCameco社の提訴を受けたカナダ租税裁判所は今年9月26日、同社とスイス子会社との取引は偽装にあたらないとして、CRAの更正処分を取り消すよう命じました。租税裁判所によると、たとえスイス子会社を通じた取引が節税目的であっても、偽装取引と認定する為に必要な“詐欺”の要素が本件には存在しないことから偽装取引として否認することはできないとしました。また類似性の高い第三者間取引価格がありCUP法(関連者間取引価格を類似の第三者間取引価格に則して設定する方法)が適用できる以上、独立企業間原則を遵守していると判断しました。

        経済協力開発機構(OECD)が主導した租税回避防止の為のBEPS (Base Erosion and Profit Shifting)プロジェクト最終報告書では、利益は主に経済的価値に応じて生じるものであり、経済実体を伴わない取引契約を税務当局は否認することができるとしていますが、本判決では詐欺ではなく合理的に組成された取引自体を否認する事までは難しいと示しており、BEPS最終報告書の厳しすぎるスタンスから一線を画した判決のように思えます。但しCRAも控訴すると予想され、今後の控訴審以降の展開は予断を許しません。

       (執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

       (JAS月報2018年11月号掲載記事より転載)