2020年8月:アップルがEUの超巨額な追徴課税に対し勝訴

2020年7月15日、欧州連合(EU)の司法機関である欧州一般裁判所(General Court、以下“GC”)は、同じくEUの行政機関である欧州委員会(European Commission、以下“EC”)がApple Inc.(以下“アップル”)に対し、アイルランド政府に超巨額な追徴課税を払うよう命じた決定は無効であるとの判決を下しました。よって本訴訟は、ECの追徴命令から約4年を経て、共同の原告であるアイルランド政府とアップルの勝訴となりました。

(背景)

iPhoneやiTunesで有名な、直近の時価総額で世界2位(1位はサウジアラムコ社)のアップル(本社は米国カリフォルニア州)は、アイルランドにApple Sales International(ASI)とApple Operations Europe(AOE)という2つの100%子会社を有し、ASIは主にアップル製品の欧州アフリカ地域での販売、AOEは主にコンピュータ製品の製造に従事していました。ECの調査によれば、ASIとAOEの両社はアイルランド税務当局との間で事前確認(APA)を1991年に締結、2007年に更新しましたが、その内容としては、両社とも登記がアイルランド国外にある本店(法人税支払義務がない)に所得の大半を配分するというものであり、その結果、アイルランドの法人税率が12.5%であるにもかかわらず、両社の実効税率は0%まで下落していました。

本件に関し2014年から調査を始めたECは、2016年8月、このようなAPAはEUにおける特定の企業への選択的(selective)な国家補助付与を制限する規定に抵触するため違法であり、それらAPAが無かったもの、つまり実体のない国外本店への利益配分は認めないとして、アイルランド政府が両社に対し、2003年~2014年を対象に計130億ユーロ(約1兆5,000億円)及び延滞利息額を加えた追徴課税を行うべきと決定しました。

アップル及びアイルランド政府は。このECの命令を不服としてGCに提訴しました。一方アップルは判決前の2018年9月、アイルランド政府に延滞利息も含めた計143億ユーロを仮払いし、アイルランド政府は判決が出るまでこれを信託口座で保留していました。

(判決)

 GCは判決において、ECはアイルランドがアップルに選択的な国家補助を付与したことを法的に証明出来なかった事を強調しました。GCの主張を簡単にまとめますと、以下の通りです:

「ECは、ASIとAOEの所得の大部分が実体のないアイルランド国外の本店に配分され、アイルランドで課税されないのはおかしいと主張する。しかし、ASIとAOEのアイルランド支店の機能リスクは限定的であり、所得の大部分は経営戦略企画や研究開発などアイルランド外で行われ形成された知的財産に帰属すべきであるから、少なくともアイルランド支店に帰属すべき所得ではないと認定される。またアイルランドがアップルと締結・更新したAPAは、その算定根拠となる分析がやや不完全ではあるが、移転価格税制他アイルランドの税法に違反していない。従って、ECは本APAがアイルランド支店に帰属すべき所得額を不当に過少化するほどの根本的な誤りがあることを証明できず、つまり、APAがアップルに選択的な(一部特定の企業にのみ与えられ、他社には与えられない)国家補助を付与したことを証明できなかった。」

(所見)

 ECは本判決後2ヵ月以内に、上級審である欧州司法裁判所に上訴することが出来ますが、ECのマルグレーテ・ベステアー委員は「判決内容を精査した上で検討する」との声明を発表する一方、「今後も不公正でアグレッシブな税優遇が特定の企業に行われた場合は同様に調査する」ともコメントしました。

 ECから同様の命令を受けていた世界的コーヒー店チェーンのスターバックス(オランダ)も、ずっと少ない金額(30百万ユーロ)ではありますが、昨年(2019年)9月に同じくGCより勝訴判決を得ました。APAのように国と合意した合法なスキームを10年以上前に遡って追徴納税されるなど、企業サイドから見たら理不尽でありますし、判決は移転価格実務に照らしても妥当な内容かと思います。

しかし、アップルをはじめ米国企業を狙い撃ちして世界を驚かせたECの追徴命令でしたが、その後の世界的な租税回避防止強化の流れを受けてアップルやグーグルなども節税スキームを徐々に止めています。また、欧州発デジタル課税の動きもその後本格化しました。アップルやスタバに敗れたとはいえ、ECの追徴命令は米企業の租税回避防止に貢献したといえます。

(執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

(JAS月報2020年8月号掲載記事より転載)