2021年3月:アジア各国で整備が進む移転価格税制

海外渡航の実質的禁止や国内移動の自粛が続いており、人の動きが未だ止まっているコロナ禍でも、モノの動き(取引)は既に世界的にほぼ回復しており、今年(2021年)はコロナ禍以前の水準又はそれ以上に回復する見込みの企業が多く、それにつれて関連会社間取引額(部品や製品の売買、ライセンス料支払)も回復していきます。こういった背景を察知してか、最近アジア各国が移転価格税制の整備を進めています。これらの税制改正を基に、コロナ禍明け後は移転価格税務調査の強化が予想されるこれらの国に拠点がある企業は、注意が必要です。

1.マレーシア

 マレーシアでは、一定規模以上の企業に対し移転価格文書(TPD)の作成義務が課されていますが、昨年末に施行された税制改正により、TPD提出を怠った企業に対する罰則が大幅に強化されました。

  • 今年以降に始まる税務調査においては、TPDを当局の要請から14日以内に提出する義務が生じました(昨年までは30日以内)。
  • 上記の14日以内にTPDを提出出来なかった場合の課徴金としてRM20,000~100,000(約50万~250万円)、且つ移転価格更正を受けた場合は更正所得額の5%のサーチャージが課されることになりました。更に起訴され有罪となった場合は最大6ヵ月の禁固刑も課す事が出来るという異常に厳しい制度になっています。

14日以内のTPD提出義務というのは世界的に見ても非常に厳しく、間違いなく事前に作成していないと対応出来ません。そもそもマレーシアでは、売上高がRM25百万(約6億円)超且つ関連者間取引額がRM15百万(約4億円)超の場合、又は融資額がRM50百万(約12億円)超の場合と、比較的少ない金額でTPD作成義務が課されますので、マレーシア子会社がTPD作成要件に該当する場合、早めにTPDを準備しておく必要があります。

2.タイ

 1月29日、税務当局が移転価格税制関連の通達(DGN 400)を発行し、主に以下が規定されました。

  • 適用可能な5つの移転価格算定方法、及び各方法の適用に優劣はなく状況に応じて最適な方法を選定すべき事が規定されました。
  • 役務提供取引や無形資産取引の算定に当たって検討すべき事項が列挙されました。
  • 移転価格更正が行われた場合、相手国の企業の所得に対する対応的調整の規定が設けられました。

タイの移転価格税制は周辺国に比べ整備が遅れており、実質的にOECD移転価格ガイドラインに則した執行が行われてきました。上記の通達も全てOECDガイドラインに則したもので、特段新鮮味はありません。但し無形資産取引に関してはOECDガイドラインの近年の改正を反映し、無形資産の開発のみならず、保守、保護、活用等についても対価の検討を行うと明記されました。従って、タイの製造子会社に付与されている技術ノウハウ等の無形資産について、タイ側でも保守、保護、活用等がされているという事実があれば、タイ子会社が本社に払っているロイヤルティの一部についてタイ子会社側に帰属すべきである、などと税務当局が主張してくる可能性があります。

3.台湾

 台湾の財政部は2020年12月28日付で移転価格規則を正式に改正しました(2020年度より適用)。本改正も基本的にはOECDガイドラインの改正を反映させたもので、タイと同様無形資産取引関連の改正が主に行われました。つまり、台湾子会社が無形資産の開発まで行っていなくても、保守、保護、活用等が行われていれば無形資産の対価の一部を受取るべき(本社に払うロイヤルティを減らすべき)等税務当局が主張してくる可能性がでてきます。また、台湾法人が税務申告時に必要な移転価格の開示を行わず、且つ更正課税により課税所得が5%以上及び収入額が1.5%以上増加した場合、追徴税額の最大3倍の課徴金が課されることになりました。

4.フィリピン

既に本月報(2020年9月号)でお伝えした通り、昨年7月に発表されたフィリピンの移転価格規則は、関連者間取引や法人の売上規模にかかわらず全ての関連者間取引がある法人に対しTPDの“提出”義務を課すという、とてつもなく厳しいものでした。ところが、その後昨年12月21日に規則が改正され、要件が大きく緩和されました。具体的には、TPDの税務申告時提出は不要となり、且つ一定規模以上の売上高や関連者間取引のある企業のみ作成が必要とされました(作成要件の詳細は㈱コスモス国際マネジメントのHP「新着情報」に記載)。

それまでASEAN主要国の中で最も移転価格の執行が緩かったフィリピンの規則が昨夏に突如世界一厳しくなったことにも驚きましたが、一旦最終化した規則を半年以内に一転して急激に緩和するのも極めて異例です。緩和され且つTPD作成基準が明示された事は企業にとっては朗報ですが、今回のドタバタによりフィリピン税務当局の信頼性に関する疑問が世界に晒されてしまいました。

 

(執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

(JAS月報2021年3月号掲載記事より転載)