2021年7月:主要国の移転価格執行及び日本との相互協議の状況

二国間の租税条約は、国際取引により生じた所得が両国で課税されてしまう二重課税が生じないよう規定されています。但しそれにもかかわらず二重課税が生じた際は、企業からの申請を受けて税務当局は相手国の当局と交渉し当該二重課税を解決するよう努める義務を負います。これを二国間の相互協議といいます。現在行われている相互協議は、税務執行の結果生じる二重課税を解消する目的の他、二重課税が生じないよう予め当局に移転価格算定方法(TPM)を申請する事前確認(APA)の内容について二国間で合意するための相互協議もあります。

相互協議は、件数が多い主要国間では通常年2~3回行われており、当局の相互協議担当者が互いに相手国を訪問し、その都度まとまった件数をこなしていました。しかし昨年の新型コロナウィルス感染拡大後は国境を越えた移動が困難になり、専ら電話等のリモート会議で相互協議が行われています。リモート会議は現地までの移動時間や経費がかからないというメリットは有るものの、対面の会議に比べて意思疎通や相互理解の面で相当に劣る事は明らかであり、日本の国税庁を含め世界中の当局担当者も苦労している事と思います。そのようなコロナ禍以降の最近の相互協議の現状、及びそれを通して見えてくる相手国の移転価格執行状況について国税庁によるオンラインセミナーがありました。その中から、差支えないと考えられる範囲で、各国別に参考となる部分の概略を紹介させて頂きます。

(米国)

米国との相互協議は(日本が抱える)総件数の2~3割を占め、最も多い。またAPAに関する相互協議が多いのが特徴。全体的には交渉は順調に進んでいるが、現状の主な問題点としては以下の通り:

  • コロナ禍の影響:日本企業の米国子会社の業績が悪化しているとの報告を受けているが、米国との交渉の際には、影響の詳細と程度(大きさ)についての情報を提供頂きたい。
  • 米国による対中追加関税により、中国子会社で生産した製品を米国子会社に販売する取引において、日本本社が関税コストを負担している場合があるが、企業においては負担の程度、比較対象企業への影響の有無、第三者間ではどのように追加コストを按分しているか等の分析を行う必要がある。

(中国)

 中国との事案は、資本の輸出国と輸入国という立場の違いが大きく、以前よりは交渉は少し進んでいるが、引続き繰越件数が多い。中国側で課税された事案が殆どであるが、その多くが中国の税務当局が日本の子会社の機能リスクを過大に評価した(より多くの所得を得るべきと更正した)ケースである。税務調査の対応を子会社側に任せ過ぎず、本社による正確な事実認識が必要と感じている。また二重課税を排除するというAPAの目的については承知しているものの、その申請が想定しない結果を生じるリスクについてもご留意頂きたい。

(韓国)

 韓国の当局とは、TPMや利益水準指標(PLI)に関して意見が一致しないことが多くなっている。またAPAについては、(日米などと違い)合意するまでの間は申請対象年度についても税務調査が入る可能性があることに留意されたい。

(インド)

 インドでは国内の訴訟手続が機能している為、訴訟と二股での相互協議申請が多い。赤字の製造子会社に対し数%のみなし利益率で課税されるケースが多いが、赤字の原因が移転価格でない事をインド当局に納得してもらう為には、比較対象企業との稼働率の差など赤字原因の厳密な分析が必要である。

(インドネシア)

 インドと同じく国内訴訟との二股申請が多い。しかし同国との交渉は難しく、特に子会社の機能リスクの高さを主張し、ロイヤルティの本社への支払いを否認することが多い。現地での税務調査対応を子会社任せにせず、本社が関与することが重要。

(タイ)

 タイとのAPAでは、日本側の課税リスクが高い(タイ子会社の利益率が高い)事案が多いが、タイ側は減額補償調整を容易には受け入れない。また、タイ子会社経由で第三国の関連会社に所得が移転する場合も散見されるが、その場合の交渉は難しい。

(豪州)

 交渉自体は比較的順調も、検証対象の利益率が比較対象の四分位範囲データの上限下限近くにあるよりも、中位値に近い方が好ましい。

(台湾)

租税条約に相当する民間の取決めに基づき2019年から協議を開始しているが、まだ解決に至った事案はない。現時点で台湾側の減額調整が制度上出来ない問題があり、見直しが望まれる。

 

(執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

(JAS月報2021年7月号掲載記事より転載)