2022年11月:OECDグローバル課税案の進捗状況

経済協力開発機構(OECD)のグローバル課税案に関して、2022年4月号以来約半年ぶりの記事になります。ロシア・ウクライナ戦争とそれに関連するエネルギー価格高騰等の問題への対応に(OECDが所在する)欧州が追われている事もあってか、グローバル課税案の進捗にも遅れが生じています。以下、最近の主な進捗状況を紹介します。

1.Pillar 2のコメンタリー

最低税率(15%)課税案であるPillar 2について、OECDは、既に2021年12月に発表したモデル・ルールに関して細かな解説を付したコメンタリーを2022年3月14日に発表しました。但し、類似の制度である米国GILTIとの整合性については相変わらず整理されていない等、実施可能性に関する特段の進展はなかったように思われます。

2.実施時期の遅れを示唆

主要メデイアは2022年5月24日、OECDのコーマン事務総長が、約140カ国が昨年合意した新たな国際課税ルール(Pillar 1及びPillar 2)の実施時期が当初の想定より1年遅れて2024年以降になりそうだとの見通しを示したと報道しました。報道によれば、コーマン氏は世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)の討論会で「われわれは各国にプレッシャーをかけ続ける意味で、ルール実施に向けてあえて非常に野心的な日程を設定している。だが恐らく最も確率が高いのは、最終的に実施時期が2024年以降になる展開だろう」と語った(ロイター)との事です。

3.Pillar 1の進捗状況報告書

OECDは2022年7月1日、Pillar 1の中のAmount Aに関する進捗状況の報告書を発表しました。Amount Aとは、既に過去の筆者記事で説明の通り、売上高200億ユーロ(約2兆8千億円)超で且つ税前利益率10%超の巨大高収益企業の超過利益(利益率10%を超える部分)の25%を意味します。この、超過利益の25%が、当該企業が収益をあげている消費地国に売上比で配分されます。本報告書では、今年2月に発表されたモデル・ルール案の補足に加え、Amount Aの配分により生じる二重課税排除の問題等にも新たに踏み込んでいます。

 しかし、本報告書の発表に関する一番のインパクトは、スケジュールが遅れることをOECDが正式に認めたことでしょう。Pillar 1は、共通のルールの下で企業の収益を世界的に配分する為、多国間租税条約(MLC)を改定し、関係各国が批准する必要があります。OECDは、今後MLCの詳細条項を固めて2023年前半にMLCの調印式を行い、一定多数の関係国がMLCを批准することを条件に、2024年に発効するとの見通しを記しました。既に、当初の見通しである2023年発効より1年以上遅れています。しかも、一定多数の関係国の批准という条件は、Amount A適用対象企業の多くが所在する米国が批准しないと成立しない事を意味します。しかし、米国でMLCを含む条約を批准するには、議員の3分の2以上の賛成が必要なところ、現在上院は民主・共和党がほぼ拮抗しており、且つ共和党はグローバル課税案には現状完全反対の為、米国がMLCを批准する見通しは全くたっていません。この11月に議会選挙がありますが、民主党政権の人気が低い為、今回の3分の1改選で上院全体の3分の2を民主党が押える確率は限りなくゼロでしょう。そのように米国がMLCを批准できなければ、Pillar 1の実施も不可能ということになります。この現状を見る限り、Pillar 1の2024年実施さえも無理ではないかと予想されます。

4.OECD税務部門トップの辞任

2022年9月5日、OECDの税務政策センター局長であるPascal Saint-Amans(サンタマン)氏が突如、10月末で辞任し、民間コンサル会社に転職することを発表しました。来年3月末までに正式な後継者が決まるまで、とりあえず現在の副局長が暫定的に同職を代行します(この副局長もその後辞任予定)。

サンタマン氏はフランス人で、フランス財務省からOECDに転じ、2012年より10年間税務部門トップとして、様々なグローバル税務ガイダンスの作成を指揮してきました。デジタル課税が転じた今回のグローバル課税案は未だ完成途上であり、このようなタイミングでの同氏の辞任は少々驚きました。実施が少なくとも1年遅れる事になった責任をとったとはどこにも書いてありませんが、サンタマン氏をはじめ複数の税務部門幹部がこのタイミングで辞任するのは、只事ではありません。いずれにしても、世界経済フォーラムがバックにいるのではないかと思う程強力なリーダーシップでグローバルな税務ルール作りを推進してきたサンタマン氏の辞任は、グローバル課税案の進捗にも負の影響を及ぼすかもしれません。

 

(執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

(JAS月報2022年11月号掲載記事より転載)