2023年5月:米国APAレポートの概要/APA適用の選別化

1.2022年度APAレポートの概要

米国内国歳入庁(“IRS”)は2023年3月27日付で、2022年度のAPAの申請・締結件数等をまとめたレポート(以下“APAレポート”)を発表しました。

APAは移転価格算定方法について納税者と税務当局(一国又は二国間以上)との間で予め合意又は確認を行う事により、一定期間は税務調査が行われないという、移転価格税務リスクを回避する為の最も確実な手段と言われています。2022年度のAPAレポートの概要は以下の通りです:

(1)申請件数

2022年度のAPA申請件数は183件と、2021年度の145件から38件増加しました。IRSがAPA申請料を$113,500(中小企業でも$54,000)へと大幅に引き上げたことにより申請件数が2018年度の203件から2019年には121件と大幅に減少したものの、それ以来コロナ禍を経て着実な回復を示しています。

二国間又は多国間で締結されるAPA(以下“二国間APA”)申請の相手国で最も多いのは前年と変わらず日本(29%)、インド(14%)、カナダ(11%)の順となっており、米国で申請された二国間APAの54%をこの3ヵ国向けが占めています。

(2)締結件数

一方、2022年度のAPA締結件数は77件と、2021年度の124件に比べて-47件と大幅に減少しました。また全締結件数の内、既存APAの更新件数は42件と、全締結件数の5割以上が比較的処理が容易な更新事案であるという状況はここ数年変わっていません。

2022年度APA全締結件数のうち67件(87%)は二国間APA、残る10件(13%)が米国のみAPAとなっています。二国間APAの相手国としては日本が変わらずトップであり、全体に占める比率は2021年度40%、2022年度39%とほぼ変わらず、米国のAPAにおける日本への依存度が未だ非常に大きい事がわかります。以下、2位カナダ(14%)、3位インド(8%)。4位スイス(8%)となっています。

(3)繰越件数

締結件数が申請件数を100件以上下回ったことにより、IRSが抱える未処理事案の繰越件数は2021年末の461件から2022年末564件へと急増しました。

二国間APAにおける繰越件数の国別内訳は、日本24%(2021年度25%)、インド22%(2021年度22%)、カナダ11%(2021年度11%)の順に多く、ほぼ前年度と同じですが、特徴的なのはインドの繰越件数比率が申請・処理件数比率に比べて高い(日本は逆に低い)ことです。やはり、インドとの二国間APAの処理にIRSが難儀していることがわかります。

(4)平均処理期間

2022年度の全締結事案における平均処理期間は42.0ヵ月と、2021年度の39.2ヵ月から2.8ヵ月増加しました。全体の5割以上を占める更新事案の平均処理期間が34.0→33.6ヵ月と減少したものの、新規事案の平均処理期間が48.5→53.0ヵ月と+4.5ヵ月増えてしまいました。つまり、新規事案の締結に平均約4年半弱を要してしまっており、企業が期待する2~3年での締結が益々難しくなっている事を意味します。

2.APA適用の選別化が強まる見込み

そもそもAPAの有効期間は3~5年間であるにもかかわらず、申請から締結まで5年近くもかかってしまっては、申請当初からの経済状況の変化にAPAの内容が追い付かないリスクがあり、また締結後にすぐに次の更新の有無を検討しなければならないなど、企業にとって(しかも申請料も高額な)米国でAPAを行う価値は下がっているといえます。IRSにおいても、このままでは繰越事案が増えるだけでAPAの利用価値が損なわれる事は避けたく、かといってAPAにこれ以上人的資源を投資するつもりはないようです。折しも、昨年成立したインフレ抑制法において認められたIRSの予算大幅増(向こう10年間で通常の予算+約800億ドル)の具体的な使用プランが4月5日付で発表されましたが、その約6割の474億ドルが所得40万ドル以上の富裕層及び企業向け税務執行(調査)の増強目的で利用されるとされました。つまりIRSにとってはAPAよりも税務調査体制を増強する優先順位が高いということですが、それに関連して、APA制度のプロセスを見直すプランが近日IRSにより発表される予定です。現状詳細は不明ですが、IRS筋によると、申請前のIRSへの事前相談を義務化し、APA申請に適している事案のみ選別して申請を許可するような改定が行われるようです。そうなると中国に似たシステムとなり、申請件数は今後減少していくと考えられます。APAのサポートはかなりのコンサルフィーをとれる為、大手会計事務所が企業規模にかかわらず過剰にAPAを企業に勧めてきたツケがまわってきたともいえます。今後は更に、APAを行う費用対効果が見込める企業は減っていくでしょう。

 

(執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

(JAS月報2023年5月号掲載記事より転載)