2023年6月:米国IRSを廃止する法案

既に本月報の過去記事で紹介の通り、米国では現民主党政権が昨年8月に成立させたインフレ抑制法において、内国歳入庁(IRS)に対する今後10年間で約800億ドルという巨額の追加予算が決定しました。この追加予算に基づく執行活動強化により、IRSは1,240億ドル、つまり1年当たり124億ドル(約1兆7千億円)の追加税収を得る計画となっています。この数字だけを見ると税務調査をはじめとする執行が相当強化されるように思えますが、本当にそのように(政府側に)うまくいくものでしょうか。

一方、殆ど報道されていませんが(特に日本では)、下院において今年1月、Fair Tax Act(公正な税法)と名付けられた法案が共和党より提出されました。同法案には、なんとIRSの廃止が含まれています。後述の通り成立の見込みはきわめて低いものの、このような現行の体制を覆す法案が議会に提出されるというだけでも、国力が相対的に落ちてきているとはいえ、自由な議論が許されるアメリカという国の奥深さを実感します。以下同法案の概要を紹介します。

1.Fair Tax Act(法案)の概要

  • 背景

税務行政の簡素化と税負担の軽減を目的としたFair Tax Actは決して新しい法案でなく、初めて下院に提出された1999年以来、何度も議論されています。しかし、これまでは少数の賛同者しか得られず、委員会レベルでの議論で終わっていました。

しかし今回、2022年の議会選挙で共和党が下院で多数を占めた際に下院議長の選出が紛糾し、Kevin McCarthy議員が党内保守派との融和策を打ち出してようやく議長に当選したのですが、その一環として、このFair Tax Actを本議会で討議することを認めたようです。よって今回初めて、Fair Tax Actが本議会で議決されることになりました。

  • 殆どの連邦税(国税)を廃止

 個人所得税、社会保障税、法人税、相続税、贈与税を廃止します。

  • 一律の連邦売上税を導入

 米国内での商品・サービスの最終売上額に一律の税率(当初2025年は23%)が課されます。但しここでいう税率は税込売上額に対する徴収率ですので、これを日本のように税抜き売上額ベースの税率でみると29.8%と、かなりの高率になります。フラットな税率の売上税は、低所得層ほど所得に占める日用品・生活必需品購入の比率が高い為課税に逆進性を生じると言われますが、これを緩和するため、低所得層には一定の還付金が支払われます。但し反対派はこの還付金をベーシック・インカムの一種であると批判しています。

  • 課税のベース

 食品など生活必需品を含み、全消費支出の約90%をカバーする幅広い商品及びサービス販売を課税対象としていますが、一度きりの課税の為、中古品に関する売買・サービスは課税対象外です。

  • IRSの廃止

殆どの連邦税が廃止されることに伴いIRSを廃止します。連邦売上税の徴収は各州が行いますが、州が行わない場合は財務省が徴収を行います。

2.賛成・反対の各意見及び今後の見通し

今回Fair Tax Actの起草者であるBuddy Carter議員(ジョージア州)を含む賛成派は、Fair Tax Actの主なメリットとして、税体系が簡素化されコンプライアンス費用が激減することにより、同費用が上乗せされていた小売販売価格が大きく(一説では約20%)下がり、国民の購買力が増すばかりでなく、輸出競争力も増して米国に製造業が回帰することにより、大きな経済成長が見込める事をあげています。勿論IRSの廃止自体も、巨額の歳出減となります。「選挙で選ばれていない官僚が、国民の給料に対し本人以上の権限を持ってはならない」とのCarter議員のコメントは、本法案への賛否にかかわらず正論と思います。

一方反対意見としては、(1)Fair Tax Actは富裕層や大企業を利する代わりに中低所得層に大きな負担を強いる悪法である、(2)税抜ベースで約30%という高税率負担でも、廃止する連邦税の穴埋めは到底出来ず財政赤字の急増を招く、(3)高税率負担の為、租税回避の動機が高まると予想され、そうなると税収は更に減り財政赤字は更に悪化する、などです。

いずれにしても、Fair Tax Actは共和党一丸で支持されている訳ではないようであり、下院を通過するのも微妙と言われています。仮に議会を通過しても、バイデン大統領は既に同法案への署名を拒否すると述べていますので、成立の可能性はきわめて低いでしょう。但し、来年の大統領選挙及び議会選挙後に再びFair Tax Actが提出される可能性は高く、万が一成立した場合の劇的な変化が将来的に全く起きないとは断言出来ないと思います。

 

(執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

(JAS月報2023年6月号掲載記事より転載)