2023年8月:OECDグローバル課税案:Pillar 1導入が更に1年延期に
経済協力開発機構(OECD)は、自らが主導するグローバル課税案に関するOutcome Statement(成果報告書)を7月11日付で発表しました。主な内容は、日本でも主要紙が報道した通り、デジタル課税と位置付けられるPillar 1(Amount A)の発効がまた1年遅れて2025年以降となることが発表されたことです。
背景として、元々はGAFAをはじめとする巨大IT企業が軽課税国を使った節税戦略により、日本や欧州など税率の高い主要国で殆ど税金を払っていなかったことが問題視され、EU各国などがデジタル・サービス税(DST)導入に動き始めました。DSTとは、大規模IT企業が販売拠点のない国であげる売上高に対する一定割合の税率(3%前後)で課税する徴税制度です。利益に比べて売上は圧縮等の操作が難しいこと、IT企業に対象を絞っていることから、これまであまりに優遇され過ぎてきた巨大IT企業に公平な税負担を促すものとして期待されました。
この問題にOECDが「世界でDSTを各国がバラバラに導入すると二重課税の問題が懸念される」として、各国共通で導入すべきDST案を作成すべく動き出しました。ところが、米国の強硬な反対を経て、対象がIT企業のみならずほぼ全業種となり、且つ結局は売上でなく利益ベースの課税となり、実質的にDSTとは言えないPillar 1と、実質的に合算課税でありDSTとは直接関係のないPillar 2(グローバル・ミニマム課税)の2本立てとなったものです。
先にPillar 2に関する合意が進み、OECDによれば、約50の国(日本も含む)で2024年度以降の国内税法上での導入が決まっています。但し米国は既に類似の合算課税制度がある事を理由にPillar 2の導入を未だ決めていません。
- Pillar 1の「Amount A」について
Amount Aは、売上高200億ユーロ(約3兆円)超で、且つ売上高税引き前利益率が10%を超える企業(金融業と採掘業を除く全業種)における“利益率10%を超える超過利益部分の25%”と定義されています。このAmount Aを、その企業が売上をあげている国(拠点の有無は問わない)の売上高に応じて配分することが、Pillar 1の主な仕組みです。
このように、利益を関係各国に配分するという作業が必要の為、それを可能にする多国間条約(Multilateral Convention、以下“MLC”)の締結が必要です。しかし成果報告書では、一部の関係国がMLCに懸念を表明しているとしています。それでも、今後何らかの進展があり妥協点を見出すことが可能との見通しを基に、成果報告書では今年中に発効要件を満たす国がMLCに署名し調印式を開催の上、2025年よりMLCを発効する(=関係各国の国内法上での実施を可能にする)という目標を表明しました。つまり、元々2023年からの発効見込みが2024年にずれ込み、Pillar 1については今回更に1年遅れたこととなります。しかも、MLCの発効にはAmount Aの適用対象となる巨大企業の60%以上が所属する30以上の管轄国の署名(同意)が必要ですが、適用対象企業の約46%が米国に所在することから、米国の同意無しにMLCの発効は不可能です。グローバル課税案に批判的な共和党が下院を支配し上院でも拮抗する現在の米国議会で、MLC批准に必要な3分の2の賛成を得る見通しは立っておらず、今年中のMLC調印は楽観的過ぎるという見方もあります。
更に成果報告書では、2024年末までは関係各国はDSTを新規に導入しないこと、状況によっては2025年末まで導入しないこととしています。つまり、MLCが発効すれば、一部の国が導入を予定していたDSTは撤廃されますが、MLC発効が遅れてもその前にDST導入はするなということです。これに対し2024年からDST導入を予定しているカナダなどが早速反対を表明しました。
- Pillar 1の「Amount B」について
Amount Bとは、多国籍グループ企業の関連会社における営業・販売活動から生じる基本的利益を指し、その基本的利益算定に関して、通常の方法である比較対象企業の利益率を用いた分析が困難な国(主に発展途上国)の為に、その算定方法を統一・簡素化する仕組みです。しかしながら肝心の算定方法が現状殆ど未定の中、成果報告書ではそれらを今年中に詰めてAmount Bの最終レポートを発表し、その内容を2024年1月までにOECD移転価格ガイドラインにもり込むとしていますが、その後の導入予定等については明記されていません。
Amount AよりもさらにDSTとの関連性が薄く、また各社毎に業況は異なるにもかかわらず一定の利益率が機械的に適用される見込みのAmount Bについては、主な適用対象となる途上国から相当反発を受ける可能性があります。こちらについても、今後の動向が注目されます。
(執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)
(JAS月報2023年8月号掲載記事より転載)