2024年7月:インドネシア移転価格税制に関する留意事項
インドネシアでは2023年12月29日、移転価格税制のガイドラインである財務大臣規則172号(以下“PMK-172”)が発効され、これまでに発効されてきた複数の移転価格関連規則が今般PMK-172に統合されました。基本的には統合前の諸規則が引き継がれているものですが、それはインドネシア規則のユニークな特徴が引き継がれている事を意味しており、また今般追加された項目もありますので、この機会に日本や世界一般の移転価格税制と異なる点について改めて認識しておくことは有益かと思います。以下PMK-172の主な留意点のみですが紹介します。
1.比較対象データ
(1)事前データの使用
インドネシアでは、企業の関連者間取引が独立企業間価格で行われているかの検証に用いる比較対象データの使用は、移転価格が決定された時点又は取引が発生した時点で入手可能なデータを基準としなければならないとされていますが、PMK-172においてもそれが明記されました。このような「事前データ」の使用は、取引開始時までに移転価格分析を行い予め独立企業間価格をきちんと設定しておくべきであるという考えに基づいています。例として、2023年12月期のインドネシア企業にTNMM(取引単位営業利益法)を適用する場合、遅くとも2023年度の関連者取引が発生した2023年1月時点で入手可能な比較対象企業の財務データを基準とすべきということと理解できますが、2023年1月時点で入手可能な最新の企業財務データは通常2021年度となります。一方、日本を含む殆どの国では「事後データ」、つまり当該年度における取引が終わった後に価格の妥当性を事後的に検証する為のデータを使用します。2023年12月期の企業の場合、事後データは決算終了後から法人税申告期限(インドネシアでは2024年4月末)までに入手するため、この場合は殆ど2022年度(2024年4月時点でも、一般的に移転価格分析で用いられる財務データベースに2023年度の財務データは殆ど含まれていないと思われる)となります。つまり、世界で一般的に用いられる事後データ使用ではインドネシアの移転価格税制を充足せず、課税リスクが増す可能性がありますので、注意が必要です。
(2)単年度のデータ使用
企業の課税所得を単年度で検証するため、比較対象データも同じ単年度で行うのが理想的といえます。しかし実際には、経済状況や企業個々の理由など移転価格以外の理由で企業損益は毎年変動することから、それら変動の影響を最小限にとどめる為、複数年度平均(通常3年平均)の比較対象データが実務的には多く使用されています。但し今回PMK-172では、単年度の比較対象データに基づいて移転価格を設定すべきと記されました。そのうえで、比較可能性を高めることができる場合のみ、複数年度の比較対象データに基づいて設定することができるとしましたが、要するに単年度データの使用が優越し、複数年度を使用する場合は、それが比較可能性を高めることを移転価格文書で明示する必要があることを意味していると考えられます。世界的には複数年度のデータを当たり前のように使っている中、インドネシアでは今後まず単年度の分析から進める必要があると思われますので、こちらも留意すべき点となります。
2.移転価格文書化
先月号(JAS月報2024年6月号「アジア主要国の移転価格文書化制度比較表」)でも概説しましたが、インドネシアでは(1)売上高500億ルピア(5億円)超、(2)関連者間有形資産売買取引額200億ルピア(2億円))超、(3)関連者間のその他取引(利息・ロイヤルティ・サービスフィー支払等)が50億ルピア(5千万円)超、のいずれかに該当するだけで、マスターファイル(MF)及びローカルファイル(LF)を法人税申告期限である期末後4カ月以内に作成しなければなりません。これは、(a)他国に比べ小規模の企業でも作成を余儀なくされること、(b)いわゆる一般的な移転価格文書であるLFのみならず、企業グループ世界全体の組織・事業概要等を記すMFまで作成しなければならないこと(日本ではMF作成義務があるのは売上1,000億円以上の企業)などを考えると世界的にみても過大なコンプライアンス負担といえます。しかしこのコンプライアンスを怠ると、只でさえ厳しいインドネシア税務当局の税務調査において課税リスクは更に高まってしまいますので、怠ることはできません。なお同国税務当局は最近、移転価格文書を作成するコンサルタントとの業務契約書の提出を税務調査時に求めてきますので、日付だけ申告期限内に作ったことにして、実際は後付けで作るようなやり方は通用しません。とにかく文書化義務に該当する企業は早めに(出来れば年度初頭の取引発生時から)前掲した事前データを基に移転価格分析を行い、且つ申告期限内に文書化しておくことが求められます。
(執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)
(JAS月報2024年7月号掲載記事より転載)