2016年7月:日本の移転価格同時文書化制度が施行(2)

       前月号に続き、今年4月より日本の移転価格税制に導入された同時文書化制度について紹介します。今回は、最も多くの企業に関係する「ローカルファイル」について説明します。

      1.ローカルファイルの概要

        ローカルファイルは、国外関連者間取引が独立企業間価格で行われている事を示す分析を含む、所謂従来からの「移転価格文書」です。そのローカルファイルを法人税申告書期限までに作成する義務が今回新たに課されました。

        (1)免除規定:一つの国外関連者との前事業年度の取引額が50億円未満で、且つ無形資産取引金額が3億円未満(共に受払合計)の場合、その国外関連者との取引に係る同時文書化は免除されます。

       (2)作成期限:法人税確定申告書の提出期限

       (3)保存義務:原則として確定申告書提出期限の翌日から7年間、国内事務所で保存。

       (4)ローカルファイルの内容:措置法施行規則第22条の10第1項(1号及び2号)に定められています(概要は以下の通り):

        1号「国外関連取引の内容を記載した書類」:(イ.資産の明細及び役務の内容、ロ.機能リスク分析、ハ.無形資産の内容、ニ.契約書又は契約内容の記載、ホ.国外関連取引額及び対価算定方法(APA締結の内容)、ヘ.法人及び国外関連者の損益明細及び計算過程、ト.市場分析、チ.事業・組織内容、リ.当該国外関連取引と密接に関連する他の取引について)

        2号「独立企業間価格算定のための書類」:(イ.選定した算定方法、ロ.比較対象取引の選定及び明細、ハ.利益分割法を選定した場合の帰属利益金額算出過程、ニ.複数の国外関連取引を一つにまとめて算定した場合、その理由及び各取引の内容、ホ.差異調整を実施した場合その理由及び方法)

        (5)使用言語:指定なし。但し日本語以外で記載されている場合は、日本語翻訳提出の可能性有。

        (6)提出期限:税務調査において提示を求められた日から、以下類型毎に一定期日以内(に調査官の指定する日まで):

        ○同時文書化対象取引:

       (a)ローカルファイル:45日以内、(b)独立企業間価格算定のために重要と認められる書類(ローカルファイルのベースとなる書類、関連する書類他):60日以内

         ○同時文書化免除取引:

        (c)ローカルファイルに相当する書類、及びそれに関連する重要な書類他:60日以内

       上記で定められた各期日迄に提出がない場合、税務当局が推定課税及び同業者への質問検査を行う事が出来るとされています。

       (7)適用開始:平成29年(2017年)4月1日以後に開始する事業年度となります。

      2.新制度の留意点

       (1)初回の作成期限について:3月決算の企業の場合、翌期の2018年3月期が適用初年度ですので、確定申告期限から2か月後の2018年5月末日(1か月延長の場合は6月末日)までに初回のローカルファイルを作成する義務が生じます。一方12月決算の企業の場合、翌々期の2018年12月期が適用初年度となり、作成期限は2019年2月末又は3月末となります。

       (2)作成期限の遵守が必要:作成期限=提出期限ではなく、実際の提出は確定申告期限後に入る税務調査の際に提出要請が行われます。しかし、免除規定の無い取引については高い確率で提出が要請されると思われる中、提出要請から45日以内にローカルファイルを作成する事は実質不可能です。しかも、既に同時文書化義務を導入している他国の例から、本当に確定申告期限までに作成をしたのかがEメールやパソコンの履歴等から厳しくチェックされる可能性があります。確定申告期限までに作成しないと同時文書化義務を果たしたとはいえず、推定課税が行われても仕方ありません。遅くとも、分析内容が確定したドラフトを確定申告期限までに作成しておくべきでしょう。

        (3)免除対象企業もリスク有:今回の改正では、結局免除要件(一つの国外関連者との受払合計取引金額50億円未満且つ無形資産取引額3億円未満)に該当しても、税務当局の要請後60日以内にローカルファイルに相当する書類を提出しないと推定課税を行う事が出来る事が明記されました。ローカルファイルに相当する書類の定義は不明確な中、結局は前述の措置法施行規則第22条の10第1項を頼りに作成せざるをえず、実質的にはローカルファイルに極めて近い移転価格文書となります。ローカルファイル自体に比べれば提出期限に+15日の猶予はあるものの、60日間で新規に実質的な移転価格文書を作成するのは通常困難です。従って、免除要件に該当する場合でもリスク評価を行い、追徴課税リスクの高い関連者間取引については、予め移転価格文書を作成しておく必要があると思われます。但しローカルファイル自体と違って確定申告期限までの作成義務はありません。従って、確定申告後の税務調査の開始を見据えてやや遅れて作成しても、要請から60日以内に提出さえ出来れば法令違反にはならないという事になります。

        (執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

        (JAS月報2016年7月号掲載記事より転載)