2025年4月:OECDによるPillar 1 Amount Bの概要及び進捗状況(2)

OECDグローバル・デジタル課税プロジェクトPillar 1のAmount Bとは、通常の卸売販売活動から生じる利益、及びその利益の移転価格算定に関するSimplified and Streamlined Approach(簡素で合理的なアプローチ、以下“SSA”)という仕組の総称です。昨年6月にOECDが発表した、適用対象候補国を示唆したともいえる“covered jurisdiction”に含まれた66ヵ国は、OECDの説明では、当初Amount Bの適用を想定していたlow-capacity jurisdiction(税務執行能力が低い国)のみではない、より広範なリストとの事ですが、それでも日米欧の先進国は含まれていませんでした。それにもかかわらず、昨年12月18日に米国財務省及び内国歳入庁(IRS)はNOTICE 2025-04を発表、Amount Bを米国に適用する規則案を公表する予定である事を示しました。

NOTICE 2025-04の概略

本NOTICEは、OECDのAmount Bガイダンスで示されたSSAに基づく適用(※前月号で説明した方法)を規定する規則案が今後発表されることを示した通知ですが、主に以下の内容が含まれています。

  • 適用対象は、米国外のサプライヤーから米国の販売会社への販売取引(インバウンド)、及び米国のサプライヤーから米国外への販売会社への販売取引(アウトバウンド)の両方が対象となる。
  • SSAを適用するか否かの選択肢は企業のみに与えられ、IRSへのSSA適用の権限は付与しない予定である(検討中)。また企業による選択の権利は取引毎、年度毎に付与される予定である。
  • 正しく選択されたSSA適用対象取引に対し適用利益率の決定が正しく行われており、且つ対象取引の損益が正しく算出されていれば(例:販売取引以外の取引が損益に含まれる場合は合理的なセグメント損益算出が必要)、更正課税は行われない。
  • SSA適用対象取引を正しく選択したこと、及び適用利益率を正しく算出したことを含む文書を税務申告期限までに作成しておき、税務調査時には要請後30日以内に提出しなければならない。
  • 2025年1月1日以降開始年度に適用予定である。
  • パブリックコメントを2025年3月7日まで募集する。

米国が世界で初めて導入する理由

そもそもAmount B(=SSA)は、low-capacity jurisdictionがより簡素な方法を用いて多国籍企業に対し適切な税収を確保できるよう便宜をはかる目的で、デジタル課税プロジェクトに付随して作られた制度です。それにもかかわらず、米国がcovered jurisdictionの国々より先に世界で初めて自国への適用を表明したのには違和感を覚えます。本NOTICEでは、税務係争が納税者及び税務当局に及ぼす多大な財務的・事務的負担を軽減する為、既存の移転価格算定方法のセーフ・ハーバーである簡素な方法として適用予定としています。しかし実際には、Amount Bの適用対象である卸売販売取引の比較対象企業となる販売会社が米国には多数存在し、CPMなど既存の方法でもそれほどコストをかけず比較的容易に移転価格算定が可能な状況です。Amount Bは簡素化された方法といいながら、前月号で説明の通り実際の算出プロセスは複雑であり、既存の方法の方が簡単かもしれないとさえ考えられます。個人的推測ですが、世界的導入を促すべく米国が先導役を務めた可能性があると考えます。

しかし、今年1月20日の政権発足同日にトランプ大統領は、前政権下で合意されたOECD Global Tax Dealを実質的に無効とする大統領令に署名しました。このGlobal Tax Dealに何が含まれるかは不明ですが、普通に考えればAmount Bも含まれるはずです。つまり、トランプ政権下でAmount Bの規則案が出てくる可能性は極めて難しくなったと考えられます。

他国の状況、問題点等

日本は、令和7年度税制改正大綱において、Amount Bについては「今後、国際的な議論及び各国の動向を踏まえて対応を検討することとし、当面は実施しない。他国が実施する場合については、現行法令及び租税条約の下、国際合意に沿って対応する。」と記しました。既にオランダやアイルランドでは(自国では実施しないが)他国で実施した場合の対応措置を法令化しており、日本も同様な法令を準備する可能性はあります。

何れにせよ肝心のcovered jurisdiction各国で動きがみられないことが、Amount Bの世界的評価を象徴しているのではないでしょうか。今や途上国の代表格であるインドが反対していることも導入が進まない一つの要因ではありますが、上述した(簡素化といいながら)複雑な適用方法に加え、小規模取引にも適用される、利益率の定型化が販売取引の様々な実態を反映しない、売上高利益率は販売サポート取引の算定には最適な指標ではない等多くの問題点も指摘されています。万が一米国でAmount B規定が導入された場合、日系企業の米国販売子会社は適用の是非について慎重に検討すべきと考えます。

(執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

(JAS月報2025年4月号掲載記事より転載)