2025年9月:国税庁が「Amount B」に関するFAQを公表

国税庁は2025年6月30日、「移転価格税制の適用に係る簡素化・合理化アプローチに関するFAQ(Frequently Asked Questions、想定問答集の意)」をウェブサイトにて公表しました。「簡素化・合理化アプローチ」とは、本稿でも何度か紹介しているOECDグローバル・デジタル課税プロジェクトPillar 1のAmount Bを指します。基礎的マーケティング・販売活動を行う販売会社の国外関連取引のうち一定の基準を満たした取引に対し、移転価格税制の適用の簡素化・合理化を図るという目的で作られた仕組みです。本FAQは全5問と短い構成ですが、日本としては相手国がAmount Bを適用した場合でもそれを実質的には尊重しない旨明確化した点において重要と考えられますので、Amount Bの概要に関する説明(本月報2025年3月号参照)である問1を除いた残り4問の概要を紹介します。(なおFAQ本文における「簡素化・合理化アプローチ」は本稿では「Amount B」と略記しています。)

(問2)当社の子会社等が所在する進出先国においてAmount Bを適用して独立企業間価格を算定した取引については、日本においてもAmount Bを適用して独立企業間価格を算定することはできるか。

【答】 日本においてはAmount Bを実施していないことから、国外関連者の進出先国におけるAmount Bの適用状況にかかわらず、従来の移転価格算定方法を用いて独立企業間価格を算定する必要がある。

(問3)Amount Bを実施した国に所在する当社の子会社等との間で行った国外関連取引について、Amount Bの適用結果を独立企業間価格とする事前確認(APA)の申出は可能か。

【答】 日本においてはAmount Bを実施していないことから、従来の移転価格算定方法を用いてAPAの申出を行う必要がある。

(問4)当社の子会社等が所在する進出先国においてAmount Bを適用した課税が行われたことにより二重課税が生じた場合、相互協議申立てを行うことは可能か。

【答】 国外関連者の進出先国からAmount Bを適用した課税が行われたことにより二重課税が生じた場合において、当該進出先国と日本との間に租税条約があるときは、当該租税条約に基づき相互協議の申立てを行うことができる。両当局間における相互協議は、Amount Bでなく従来の移転価格算定方法に基づいて行うこととなる。なお、OECDのAmount Bガイダンスには、国外関連者の進出先国においてAmount Bが適用された場合、当該進出先国がcovered jurisdiction に該当し、かつ租税条約が締結されているときはAmount Bを適用した国外関連者との取引を行った法人の所在地国内の法令や執行上の慣行の範囲内においてAmount Bの適用結果を尊重する旨が記載されている。相互協議でもこれを踏まえ、日本の法令や執行上の慣行の範囲内において対応することになる。

(問5)当社の子会社等の進出先国においてAmount Bを適用して作成された移転価格文書は、日本において適正な移転価格文書として認められるか。

【答】 日本においてはAmount Bを実施していないことから、国外関連者の進出先国でAmount Bを適用して作成された移転価格文書は日本の移転価格文書化規定に沿ったものとはいえない。そのため、日本の移転価格文書化の規定により、従来の移転価格算定方法を用いた移転価格文書の作成及び保存並びに(当局の要請に基づく)提出が必要となる。但し、当該進出先国でAmount Bを適用して作成された移転価格文書であっても、従来の移転価格算定方法を用いて独立企業間価格を分析・算定した結果を併記しており、かつ、当該算定結果とAmount Bの適用結果が整合的である場合には、当該移転価格文書は日本の移転価格文書化制度の報告様式に沿ったものといえる。

(解説)

既に令和7年度税制改正大綱において、日本自体はAmount Bを当面実施しない事が示されましたが、それに続いて本FAQでは、他国でAmount Bが適用されても日本はあくまで従来の移転価格算定方法を適用する旨が明記されました。つまり日本側の移転価格文書ではAmount Bのみを適用した分析は不可であり、且つ相手国とのAPAや課税後の相互協議においてもAmount Bを適用しない事が示されました。これは、相手国でAmount Bが適用されている場合には自国で移転価格課税を行わない規則を施行したオランダとは対照的であり、また、税法ではなくFAQとはいえ、ここまで明確にAmount Bを実質尊重しない旨明記したのは、主要国では日本が初めてではないかと思われます。近年OECDの税務ガイダンスに忠実であった日本としては異例の対応にもみえますが、いずれにせよ、Amount Bとは距離を置く日本のポジションが明確化されたことで、各国のAmount Bの実施(現時点での実施国数はゼロ)の可能性が更に低下することも考えられます。個人的には、Amount Bは「簡素化・合理化アプローチ」と言いながら実際の適用方法は複雑で手間がかかるものであり、既存の移転価格算定方法が適用できないような余程の後進国でない限り適用の必要性は乏しいと考えます。

 

(執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

(JAS月報2025年9月号掲載記事より転載)