2025年11月:ベトナムの移転価格税制に関する留意事項
日本の外務省の調査によると、2024年10月現在ベトナムに進出する日系企業の拠点数は2,543拠点で、ASEANではタイ、シンガポールに次ぐ3位となっています。同時点で32,364拠点の中国には遠く及ばないものの、多くの企業が進出していることを示しています。もっとも最近の中国は経済低迷、人件費の上昇に加え米国との関税紛争など懸念要素が多いことから、加工輸出型企業を中心に今後も中国からベトナムへの更なるシフトが予想されます。
一方でベトナムはASEANの中でもインドネシアと並び税務調査が厳しいことで有名です。特に移転価格税制に関しては、世界一般の移転価格税制と異なる同国独自のルールがあり、それらの遵守を怠ると税務調査で更正課税を受けるリスクが高まります。一部は以前の記事でも紹介しましたが、今回改めてベトナム移転価格税制の主な留意点を紹介します。
- 関連者の定義
移転価格税制の対象となる“関連者”の定義は国によって異なるものの、大きく分けて(1)形式基準(株式出資比率)、及び(2)実質支配基準(役員の兼任、資金調達の依存等)があります。その内形式基準の出資比率(直接間接)については、日本は「50%以上」が対象ですが、ベトナムでは「25%以上」の他、「10%以上出資し且つ最大株主の場合」も対象となります。近年海外企業のM&Aが増えており、中には低率の出資から始めるケースもみられますが、ベトナムではそのような場合でも出資したベトナム企業が日本企業の関連者とみなされ移転価格税制の対象となる可能性があると考えられます。
- 移転価格分析
(1)独立企業間価格の範囲
移転価格税制における独立企業間価格としては、通常は1点ではなく、複数のデータ(通常は比較対象企業の利益率)の“範囲”が使用されます。この独立企業間範囲として、日本を含め多くの国では四分位範囲(全サンプルの25百分位~75百分位の間)が使われています。しかしベトナムでは2020年12月より施行された改正政令であるDecree 132により、独立企業間範囲の下限値が25百分位から35百分位へと引き上げられました。上限値は75百分位で変わらない為、ベトナムにおける独立企業間範囲の幅は40/100と、四分位範囲の50/100に比べ狭くなりました。つまり四分位範囲に比べ、ベトナム企業がより高い利益率を上げる必要が生じたという事です。
また、四分位範囲を用いる場合は一般的に最低4社の比較対象企業が必要とされますが、Decree 132では最低5社が必要と定められています。
(2)単年度のデータ使用
企業の課税所得は税務調査において単年度毎に検証されます。一方比較対象企業のデータは、経済状況や企業個別の理由など移転価格以外の理由での変動の影響を最小限にとどめる為、多くの国では直近3年平均のデータ使用が認められています。しかしDecree 132では、調査対象年度と同じ年度の比較対象企業データ使用が必要と記されています。例えば2024年度が調査対象の場合、比較対象企業も2024年度単年度のデータを用いる必要があるということです。但し実際には、ベトナムの比較対象企業は殆どが非上場であり、財務データベース上は約1年遅れとなるため、2024年度の税務申告時には2023年度が入手可能な最新データとなります。そのような場合、年度が違う単年度同士の比較よりも複数年度平均をもって分析した方が経済合理的であるとは思われるものの、それでもベトナムの税務当局は複数年度の分析を原則認めないと聞きますので、単年度同士の分析を優先した方が安全と考えられます。
- 移転価格文書化
ベトナムでは、(1)売上高500億ドン(約2.9億円)以上、又は(2)関連者間取引額が年300億ドン(約1.7億円)以上である企業は、ローカルファイル(LF)及びマスターファイル(MF)を法人税申告期限である決算期末後3カ月以内にベトナム語で作成しなければなりません。この、製造子会社なら殆ど該当してしまうような厳しい基準下、いわゆる通常の移転価格文書であるLFのみならず、企業グループ世界全体の組織・事業概要等を記すMFまで作成しなければならない(日本ではMF作成義務があるのは売上1,000億円以上の企業のみ)というのは、世界的にみても突出して過大なコンプライアンス負担といえます。しかし上述の通りベトナムの税務調査は厳しいことから、これら文書化義務は毎年履行すべきものです。税務調査が入れば30日以内にLF及びMFを当局に提出しなければなりませんが、ベトナム語訳も含めて作成には数カ月(新規作成の場合約半年)を要するので、期末の前から準備開始し、税務申告期限までに必ず作成完了しておく必要があります。
(執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)
(JAS月報2025年11月号掲載記事より転載)